大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)2756号 判決

原告 大野周

被告 名古屋市

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告の申立

1  原告と被告との間で、原告が被告の水道局職員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し

(一) 金三七九万四〇〇〇円及び別紙(一)未払給与一覧表の各月欄記載の金員に対するいずれも翌月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員

(二) 金一四五万四五三〇円及び別紙(二)未払一時金一覧表の各一時金欄記載の金員に対するいずれも同表支払月欄記載の支払月の翌月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員

(三) 金一〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一月一九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員

(四) 昭和五三年九月一日以降、本判決確定に至るまで毎月末日限り一か月金一四万〇〇五六円の割合による金員

を各々支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  原告の申立に対する被告の答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  労働契約の締結

(一) 被告は、地方公営企業法に基づき水道局を設け、水道局長を管理者として水道事業を経営するものである。

原告は、昭和五一年二月頃、被告人事委員会の被告水道局職員(計量業務)採用試験(以下「本件採用試験」という)公告による右職員募集に応募し、筆記試験(同月二一日実施)並びに口頭試問(同年三月四日実施)及び身体検査(同月五日実施)を各受験したところ、同月一八日、同人事委員会は原告が本件採用試験に合格した旨の通知を書面にてなし、右書面はそのころ原告方へ到達した。

(二) 原告が本件採用試験に合格した結果、被告水道局総務課は、原告に対し同月二二日、「水道局職員(計量職)の採用について」と題する書面により、同年四月一日から同水道局に勤務可能か否か、至急同総務課鈴木人事係長若しくは同課人事係木村某まで連絡するよう通知をなし、そのころ原告方へ右通知が到達した。

(三) これに対し原告は同月二三日、同総務課に架電し、水道局の希望通り同年四月一日から就労が可能である旨伝えた。その際、水道局は原告に対し就労するにつき必要な身上申立書等の提出書類用紙を同課まで至急取りに来るよう指示した。

そこで、原告は同日中に同総務課へ赴き、右提出書類用紙の交付をうけた。

(四) そして、原告は同月二六日、同総務課へ赴き、身上申立書、誓約書、身元保証書、身元証明書、成績証明書、卒業証明書及び戸籍謄本を同課人事係石井光男に提出したところ、石井は右書類を受理した。

その際、石井は原告に対し同年四月一日午前八時五〇分までに同総務課に出頭し、辞令の交付及び配属業務所の指定をうけるよう指示した。

(五) 被告水道局のような地方公営企業の職員の労働関係は、地公労法により一般私企業とほぼ同様に労働組合法が適用され(同法四条)、労働条件も団体交渉、労働協約によつて規律されることを予定されている(同法七ないし一〇条)など、当事者対等、契約自由の原則に立脚しており、私法的規律に服するものというべきである。従つて、同水道局職員の採用についても、管理者たる水道局長による任用行為という公法的形式でなされるとしてもその法的性質はあくまで私的な労働契約の締結と解するべきである。しかして、被告は、以下に述べるとおり原告を採用する旨の明確な意思表示をなしており、原、被告間には昭和五一年四月一日を始期とする労働契約関係が成立したものである。

(1) 本件職員採用は、いわゆる定期採用と異なり、年度途中の言わば随時採用であり、採用試験実施日ないし合格通知発信日と就労開始日との間隔が極めて短期間であるから、試験と採用が密接に結びついており、定期採用の場合のように内定の手続を踏む必要のない特殊な採用形態なのである。このような特色を有する本件職員採用においては、前記(一)記載のとおり、被告水道局長が職員募集したことが労働契約の申込みの誘因であり、原告がこれに応募し、本件採用試験を受験したことが労働契約締結の申込みであり、さらに、被告人事委員会が本件採用試験の合格通知を発信したこと、あるいは前記(三)記載のとおり、被告水道局が「水道局職員(計量職)の採用について」(甲第四号証)と題する書面を発したことが、原告の右申込みに対する被告の承諾というべきであるから、原、被告間には、右合格通知発信時点あるいは右書面発信時点において労働契約が締結された。

(2) 仮に右各時点において労働契約が成立していないとしても、前記(五)記載のとおり、身上申立書、誓約書等の書類を提出したことが原告の労働契約締結の申込みであり、被告の右受領行為が承諾というべきであるから、遅くとも右受領時点において原、被告間に労働契約が締結された。

2  被告の債務不履行

ところが、被告水道局長西尾武喜は昭和五一年三月二九日、原告に対し同年度の予算削減等の理由により当初からの採用ができなくなつた旨の通知を書面にてなし、同書面はそのころ原告方へ到達した。

そして、原告の再三の請求にもかかわらず、被告水道局長は同年四月一日、辞令交付をなさず、同日以降原告の就労を拒否し、賃金を支払わない。

3  原告の賃金

(一) 給与

被告水道局職員の給与体系は、基本給に諸手当(調整手当、扶養手当、住居手当及び点検手当)を合算したものからなつており、右支払期日は毎月末日である。

しかるところ、原告に支払われるべき給与は別紙(一)未払給与一覧表(その明細は別紙(三)給与明細表)のとおりであり、その内容は以下に述べるとおりである。

(1) 基本給

本件採用試験に合格し、昭和五一年六月一日に被告水道局職員(計量業務)として採用された者(訴外中島秀人)の基本給は、別紙(三)給与明細表中基本給欄記載のとおりであるところ、原告の給与額は少なくとも右を下回るものではない。

なお、昇給額分は得べかりし賃金相当額の範囲内にあつて、使用者の個別的増額の意思表示を待つまでもなく、定期昇給期には当然所定の昇給がなされるものであるから、原告の給与も右基本給欄記載のとおり所定の時期に昇給したものとみなすべきである。

(2) 調整手当は、基本給に扶養手当を合算した額に八%を乗じた額であり、原告の受くべき右手当額は同表中調整手当欄記載のとおりである。

(3) 扶養手当

原告は、本件労働契約締結時、妻と子供一人の扶養家族を有していたが、その後昭和五一年七月六日、第二子が誕生した。

扶養手当は、同年四月ないし翌五二年三月まで配偶者七〇〇〇円、子供一人につき二二〇〇円であつたが、同年四月からは、配偶者八〇〇〇円、子供一人につき二三〇〇円に増額改訂された。

従つて、原告の受くべき扶養手当額は同表中扶養手当欄記載のとおりの金額である。

(4) 住居手当は、五〇〇〇円であり、点検手当は四七〇〇円である。

(二) 一時金

被告水道局職員に対して支給される夏季、年末及び年度末各一時金は、給与額に基準月数を乗じて算定された金員(給与条例分)に特別条例分を加算したものであるところ、昭和五一年度夏季一時金ないし昭和五三年度夏季一時金における基準月数は、別紙(四)一時金明細表中給与条例分欄記載のとおりであり、特別条例分の算出基準は同表中同条例分欄記載のとおりである。また、夏季一時金は毎年六月、年末一時金は一二月、年度末一時金は三月の各末日に支払われる。

従つて、原告に支払われるべき一時金は、別紙(二)未払一時金一覧表(その明細は同(四)一時金明細表)のとおりである。

4  慰謝料

原告が、水道局職員募集に応募した当時、原告の家族は原告、妻及び長女(昭和四五年一二月一六日生)からなり、また長男(昭和五一年七月六日生)が近々出産の予定であつた。原告の妻は、かねてより飲食店の仕事に従業し家計を助けてきたが、原告が本件採用試験に合格したことにより、生活のめども立つと判断し右仕事をやめた。従つて原告の家庭はその将来の生活設計を全て原告の水道局職員としての生活に託していたのである。

ところが、前記2記載のとおりの被告の債務不履行により原告及びその家族が抱いていた新しい生活設計は根本から破壊され、その経済的基盤の瓦解とそれに伴う現在及び将来にわたる不安によつて、原告は甚大な精神的苦痛を被つた。

以上述べた原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、少なくとも金一〇〇万円をもつて相当とする。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、原告が被告の経営する水道局職員たる地位を有することの確認を求め、かつ、昭和五一年四月一日以降同五三年八月末日までの賃金として、金三七九万四〇〇〇円及び別紙(一)未払給与一覧表の各月欄記載の金員に対する、いずれも翌月一日以降支払済まで民事法定利率五分の割合による遅延損害金の支払を、同年九月一日以降の賃金として毎月末日限り一四万〇〇五六円の割合による金員の支払を、昭和五一年度夏季一時金ないし同五三年度夏季一時金として計一四五万四五三〇円及び別紙(二)未払一時金一覧表の各一時金欄記載の金員に対する、いずれも同表支払月欄記載の支払月の翌月一日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、慰謝料として金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和五二年一月一九日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、各々求める。

二  原告の主張に対する被告の答弁及び反論

1  原告の主張1(一)、(二)の事実は認める。同1(三)のうち、昭和五一年三月二三日、水道局総務課において原告に対し、身上申立書、誓約書及び身元保証書の用紙を交付したこと並びに同1(四)のうち、原告が同月二六日、原告主張のとおりの書類を右総務課へ提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。同1(五)の主張は争う。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中(二)のうち一時金の算出方法、各一時金の基準月数及び特別条例分の算出基準が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は不知(但し、昭和五二、五三年各夏季一時金の給与条例分及び昭和五一年夏季一時金の特別条例分において、それぞれ三六〇〇円の加算分があつたことは否認する)。

4  同4の事実は不知、その主張は争う。

5  原告は、地方公営企業職員の労働関係について、地公労法等の適用があることをもつて、その任用関係についても私法的規律に服する私法上の雇用契約であると主張するが、地方公営企業職員といえども地方公務員の一部であり、任用、分限その他勤務関係の基本については、地方公務員法が適用されるのであつて、これを一般私企業の雇用関係と同視することはできない。

そして、地方公務員の任用行為は、地方公務員たる地位の設定、変更を目的とする重要な法律行為であるから、辞令交付ないしこれに準ずる明確な意思表示によつてなされなければならない。

本件において、被告は原告に対し辞令の交付はおろか採用内定の通知すらなしていないのであるから、原告が被告水道局職員たる地位を取得することはありえない。

原告は、被告が採用試験合格通知や水道局職員(計量職)採用についてと題する書面(甲第四号証)を発信したこと及び誓約書等の必要書類提出の指示とその受領などの行為により、原告を採用する旨の明確な意思表示をなしていると主張するが、

(一) 人事委員会の行なう選考試験に合格することは、当該職種の職員として採用されるために必要な条件であるが、合格したことが直ちに採用決定を意味するものではない。本件水道局職員採用の決定は、右試験に合格した者の中から任命権者である水道局長の権限に基づき、その裁量によつて行なうものである。

(二) 次に、名古屋市水道局総務課名により昭和五一年三月二二日付で原告宛に「水道局職員(計量職)の採用について」と題する前記書面を発送したことの意義についてみるに、これは任命権者が採用を決定する前に事務当局において、予め四月一日からの就労が可能かどうか応募者の意向を調査する準備行為であり、通常は電話等で行なつているが、原告には電話がなかつたので、事務連絡のため総務課の担当者においてこのような文書を便宣作成のうえ発送された事務連絡文書にすぎないものである。従つて、右文書発送をもつて原告を採用する旨の意思表示がなされたと解することはできない。

(三) また、原告が身上申立書、戸籍謄本、誓約書などの書類を提出し、被告がこれを受領したことの意義についてみるに、これも任命権者が最終的に採用を決定するにあたつて、その採否の判断資料として用い、採用した者については採用後の人事参考記録として用いるために返還しないものとして徴したものであつて、これを徴したことが即ち原告を採用することを意味するものではない。

以上のとおり、原告はその主張にかかるいずれの時期においても採用されていない。

6  なお、被告が原告を水道局職員として採用しなかつた理由は、次のとおりである。

昭和五一年三月二三日、名古屋市議会において職員定数条例修正案が可決され、昭和五一年度の増員予定の二分の一が削減されるという事態が起きた。このため当初予定していた採用ができない見通しとなつたので同月二九日、水道局長は本件採用試験に合格した者(一三名)の中から成績上位で計量業務を執務させるに適当と考えられた者三名を除く原告を含む一〇名に対し、昭和五一年度の予算定員削減等により当初からの採用ができなくなつた旨を通知した。

しかして、その後同年六月一日に二名、七月一日に四名を成績その他の点を考慮のうえ採用決定した。

原告については、その提出された成績証明書等の資料によれば高等時代三年生の時には出席すべき日数の三分の一以上も欠席しており、また前勤務先においても出勤状況が良好でなかつたことが認められた。従つて、このような傾向を有する者では、与えられた仕事を一定期間内に終えなければならない計量職には不適当であると判断されたので、前記四月一日、六月一日、七月一日の各採用の際、原告を採用しなかつたものである。

7  以上の次第であるから、原告が水道局職員に採用されたことを前提とする本訴請求は、すべて理由がない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告が、地方公営企業法に基づき水道局を設け、水道局長を管理者として水道事業を経営するものであること、原告が本件水道局職員採用試験に合格したことは、当事者間に争いがない。

二  そして、成立に争いがない甲第一ないし第八号証、第一三号証、乙第一号証、第二号証の一ないし三(但し同号証の二の書込み部分を除く)、第三号証の一ないし七(但し同号証の一、二の書込み部分を除く)、第四ないし第六号証、原本の存在及び成立とも争いがない乙第七号証(但し氏名欄部分を除く)、証人小山英志、同石井光男、同鈴木憲の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

1  被告水道局では、昭和五一年度に約一〇名の計算職職員の増員を予定し、昭和五〇年一二月頃、被告人事委員会へ本件採用試験の実施を依頼した。本件採用試験の応募者は、八九名(筆記試験受験者八〇名)で筆記試験合格者一七名、最終の口頭試験合格者は一三名であつた。被告人事委員会は、右最終合格者を「採用選考結果通知書」(順位、成績の記載はない)によつて被告水道局へ通知した。また、合格者には、昭和五一年三月一八日合格通知が発送され、原告方へは翌日到達した。

2  被告水道局では、右最終合格者の中から同年四月一日からの採用予定者として、右「採用選考結果通知書」中の年齢の記載に基づき、高年齢順に原告を含む七名を選び、これらの者が同年四月一日から勤務することが可能か否か、その就労意思を確かめるべく、原告を除く他の六名に対しては電話で問い合わせた。しかし、原告方には電話がなかつたので、原告には昭和五一年三月二二日、被告水道局総務課名で「あなたは水道業務職採用選考に合格されましたので、昭和五一年四月一日から当局に勤務できるかどうかを下記のところへ至急連絡して下さい。記、連絡先九六一―一一一一(内線二五〇五)鈴木係長若しくは木村」旨記載された「水道局職員(計量職)の採用について」と題する書面(甲第四号証)を発送して(翌二三日到達)、右問い合わせをなした(被告水道局が右書面を原告へ送付したことは当事者間に争いがない)。

3  同月二三日、原告は被告水道局総務部総務課人事係へ電話して、四月一日から就労する意思を有している旨返答したが、その際、人事係長から採否決定のため必要な書類があるので、その用紙を取りに来るよう言われた。そこで、原告は同日中に同課人事係へ出頭したところ、身上申立書(履歴書)、身元保証書及び誓約書の各用紙を交付され、これと併せて本籍地の役所が発行する被産宣告、禁治産及び準禁治産の宣告を受けたことがないことの証明書、戸籍謄本、高等学校の卒業証明書及び成績証明書を提出するよう求められた(原告に対し身上申立書等の用紙を交付したことは当事者間に争いがない)。

4  そして同年三月二六日、原告は右人事係へ出頭し、右誓約書等の書類を人事係職員石井光男に対して提出したところ、石井から同年四月一日午前八時五〇分頃出頭するよう指示され、そのときに辞令を交付され、配属営業所の指定を受けることになるとの見込みを伝えられた(原告が右書類を提出したことは当事書間に争いがない)。

5  右誓約書は、被告水道局長に対し四月一日からの水道局への就職を誓約する文書であり、従来被告水道局においては、誓約書等の前記書類を提出した者は原則として全員職員として採用されていた。

6  昭和五一年二月二八日、被告市議会に名古屋市職員定数条例の一部を改正する条例案(三四八人の定員増)が上程されたが、それによると水道局職員は二一二六人から二七人増員されて二一五三人となる予定であつた。ところが同年三月二三日、予算削減のため右改正案は約二分の一減員修正のうえ可決され(一八一人の増員)、水道局の場合は当初二七人増員予定のところ一三人の増員にとどまつた。

7  そのため、被告水道局では、各職員毎に原案に基づく四月一日からの増員予定数を何名削減するか検討したが、計量職においては七名の増員予定を四名減じて三名とすることとした。そして同年三月二九日、被告水道局総務部長、総務課長及び総務課人事係長の会議で、前記七名の採用予定者の中から、それぞれの身上申立書提出書類に基づき、学校時代の成績、転職回数(少ないほど優先)、卒業後の経過年数(短いほど優先)等を審査したうえ、さらに三名を抽出し、局長はこれら三名を四月一日からの採用者と決定した。右採用者三名に対しては同日に至り被告水道局へ出頭させ採用辞令を交付した。一方、採用に洩れた原告を含むその余の本件採用試験合格者一〇名に対しては、被告水道局長名義で「このたび昭和五一年度の予算定員削減等により、当初からの採用ができなくなりましたので通知します。なお、貴殿の合格者名簿登載の有効期間は、当局としては合格の日から一年間として取り扱つているので、念のため申し添えます。」と記載された書面(甲第五号証)を送付して採用延期を通知した。原告方へは右書面が同年三月三〇日到達した(右書面を原告に送付したことについては当事者間に争いがない)。

なお、右四月一日の採用に洩れた、これら採用試験合格者(一〇名)の中から、被告水道局職員として同年六月一日に二名、七月一日に四名各採用されたが、原告はいずれの場合もその選に洩れた。

三  ところで原告は、被告水道局職員の如き地方公営企業職員の身分関係は私法関係である旨主張するが、同職員は地方公営企業法上一般職の地方公務員とされ、その勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒及び服務(発生・消滅、存続中の規律)については地方公務員法が適用されるのであるから、公法関係と解すべきである。

しかして、地方公務員法は地方公共団体の職員の任用行為の形式について特に規定を設けていないが、地方公務員の任用行為は地方公務員たる地位の設定、変更を目的とする重要な法律行為であるから、辞令書の交付又はこれに準ずる任命権者(本件の場合は水道局長、地方公営企業法九条第二号)による任用する旨の明確な意思表示の到達をもつてその効力を生ずるものというべきである。

四  これを本件についてみるに、まず本件全証拠によるも原告に対して辞令書が交付された事実は認められない。

そして前記認定事実によれば、原告は本件採用試験に合格したことによつて、合格した日から一年間有効の被告水道局職員の任用候補者たる資格を取得したにとどまり、右合格通知をもつて被告の採用行為がなされたと解する余地はなく、また被告水道局では、当初本件採用試験合格者(一三名)中原告を含む七名の者全員を昭和五一年四月一日付で採用する予定であつたことが窺われるが、同年三月二二日、原告に対して発せられた「水道局職員(計量職)の採用について」と題する書面(甲第四号証)はその記載内容に即して見れば、四月一日からの就労が可能かどうかを照会した連絡文書にすぎず、また、被告水道局が誓約書や身上申立書等の書類の提出を求め、同月二六日にこれを受領した行為も法的には最終的な採用行為のための事実上の準備行為と解せられ、これら文書の送付ないし受領行為をもつて原告を採用する旨の明確な意思表示がなされたものとは未だ認め難い。

他に原告に対し任用行為がなされたと肯認するに足りる証拠は存しない。

五  もつとも、前記認定事実によれば、すでに昭和五一年三月二三日被告市議会において予算削減のため市職員の定数条例改正案が修正可決され、被告水道局の当初の増員予定も半減されることになり、その影響が計量職職員の増員予定にも波及するおそれがあることは容易に推測しえたにもかかわらず、被告水道局では同月二九日に至つて初めて右削減のための正式の会議を開いており、また同月二六日に原告が誓約書等の書類を提出した際、同局人事係職員は何ら右事情を告げて注意を促すことなく漫然とこれらの書類を受領し、かえつて四月一日からの採用見込みを伝えるなど右人員削減という事態への同水道局の対応が遅れ、本件採用事務に不手際のあつたことは否定できないところである。

しかし、原告を採用する旨の明確な意思表示に欠ける本件においては、採用事務の右のような不手際は前記判断に消長を及ぼすものとは言えない。

六  以上の次第で、被告水道局職員として採用されたことを前提とする原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、すでにこの点において理由がない。

よつて、本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 戸塚正二 島本誠三)

別紙(一)~(四)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例